リーンスタートアップとは、低コスト・短期間で作成した最低限の製品で、顧客の反応やデータを見ながら開発する、新規事業開発に向いているマネジメント手法です。
現在世界を動かしているグーグルやアップル、インテルなどの大企業の発祥地であるアメリカのシリコンバレーで数多くの企業が取り入れています。
今回はこのリーンスタートアップに注目して、基本的な考え方から、アジャイルやMVPとの関係、プロセス、フレームワーク、導入事例、用語などを紹介します。
リーンスタートアップとは?
リーンスタートアップとは、書籍『リーンスタートアップ』の著者エリック・リースが提唱したスタートアップ論で、製品やサービス開発のマネジメント手法です。
リーンとは?
リーンスタートアップのリーンとは英語で「lean」、日本語に直訳すると「やせ型の」「脂身のない」といった無駄なものがない意味の形容詞です。
ビジネスの世界では、このリーンの考え方がよく経営戦略に登場します。
トヨタ生産方式(TPS、Toyota Production System)
トヨタ自動車は、日本を代表するグローバル企業のひとつですが、その生産方式は「トヨタ生産方式」と呼ばれ、リーンスタートアップ論を語るうえでよく登場します。
トヨタ自動車のホームページには、トヨタ生産方式を「ムダの徹底的排除の思想と、造り方の合理性を追い求め、生産全般をその思想で貫き、システム化した生産方式」とし、その目的を「お客様にご注文いただいたクルマを、より早くお届けするために、最も短い時間で効率的に造る」ことと掲載されています。
トヨタ生産方式によって、まさにリーンの考え方を実現し、経営を成功させた企業といえるでしょう。
トヨタ自動車は、トヨタ生産方式を実現するために「自働化」と「ジャスト・イン・タイム」という基本思想を確立しています。
「自働化」とは、何らかの事態が発生した時に、自動車を生産している機械が即座にストップして、不良品を造らないという考え方で、「ジャスト・イン・タイム」とは、必要なものだけを効率よくスピーディーに生産するという考え方です。
リーン生産方式
トヨタ生産方式はリーンの考え方を採用している生産方式であることから「リーン生産方式」といわれてます。
リーン生産方式は1990年にマサチューセッツ工科大学のジェームズ・P・ウォマック氏などがトヨタ生産方式を研究し、発表することで広まることになりました。
当時の欧米の自動車業界では、大量生産をメインに自動車を生産していましたので、生産ラインの無駄をなくし、顧客のオーダーに応じてスピーディーに生産することができるトヨタ生産方式は大きなインパクトを与えました。
現在では自動車業界に限らず大量生産方式を採用していた欧米企業の多くが、作業にかかる時間と、在庫管理に関わる業務などの無駄を削減できるリーン生産方式を経営戦略の柱として採用しています。
スタートアップとは?
スタートアップは、しばしば、事業をスタートし始めた企業というイメージで捉えられるケースがありますが、厳密にはすべてを表しているとはいえません。
現在、企業が生き残っていくためにはイノベーションが最も重要といわれています。
スタートアップは「イノベーションを起こして短期間で大きな成長をとげる企業」のことです。
たとえば、Google、Amazon、facebookなどがスタートアップの代表的な企業になります。
日本では「ベンチャー」という言葉が定着しています。
比較的創業して期間が短い企業を総称して使われています。
イメージとして新しいテクノロジーやスキルをベースに、大企業と比較してスピーディーに経営判断が可能な中小企業を表現するときによく使われます。
スタートアップとベンチャーは同様の意味で使われることが多くありますが、企業経営をすすめていく方法に違いがあります。
スタートアップの基本はイノベーションですから、既存のビジネスモデルは基本的には存在しません。
前例がないわけですから、起業してから数年間は収益を確保できないことも多く、資金はベンチャーキャピタル等を活用します。
一方、ベンチャーは、多くの場合、既存のビジネスモデルを活用して着実に収益を増やすことを目指します。
つまるところリーンスタートアップとは?
つまるところ、リーンスタートアップとは、前述の「リーン」と「スタートアップ」をミックスした考え方で、「最も短い時間で効率的に造るために、低コスト・短期間で作成した最低限の機能・サービス・製品で、顧客の反応を見ながら開発し、イノベーション起こして短期間で大きな成長をとげていくマネジメント手法」といえるでしょう。
新しいプロダクトを立ち上げる際、この機能も、あの機能もと盛り込んで開発を進めると、当然開発コストも大きくなります。ニーズがあると見込んでいる機能でも、時にユーザーからするとニーズを満たさないこともよくあることです。ユーザーにとって必要のない機能はそのまま利益を生まないコストになります。そういったコストをできる限り排除するため、リーンスタートアップという手法が生まれました。
プロジェクトが失敗したときのリスクを最小限に抑えられるのが、リーンスタートアップのメリットと言えるでしょう。
アジャイルやMVPとの関係は?
リーンスタートアップを考えるうえでよく出てくる言葉にアジャイルとMVPがあります。
ここではリーンスタートアップとの関係性を簡単に説明しておきます。
開発手法がアジャイル
アジャイルは英語でAgile、和訳では「素早い、機敏な」といった意味を表す形容詞で、IT分野ではシステム開発を素早く機敏に実行していくために、小さな作業単位で実装とテストを実施することで、全体のシステム開発にかかる時間を短縮化する開発手法をさします。
この開発手法は「アジャイル開発」とよばれスピーディーに開発をすすめる手法として浸透しています。
リーンスタートアップでは、システム開発でアジャイル開発の手法をよく採用します。
リーンスタートアップで不可欠な短い時間で効率的に作るためにはアジャイル開発が最適な手法のひとつとなります。
アジャイル開発については以下の記事で詳しく解説しています。
試作品がMVP
MVP(Minimum Viable Product)とは、直訳では「最小実行可能製品」となり、いわゆる試作品やプロトタイプをさします。
顧客の反応を見るためのツールとしてMVPを開発します。
リーンスタートアップではこのMVPを最初に開発して、迅速な製品化を目指します。
詳しくは以下の記事で解説しています。
リーンスタートアップのメリット
それでは、リーンスタートアップのメリットについて、ご説明します。
リスクは最小限
リーンスタートアップは必要最小限の機能をもって、構築から検証、学習を繰り返しながらプロダクトとしての成功を目指すため、一度に多くの機能を盛り込んでプロダクトを開発するより、リスクは最小限になります。最初のうちはリソースが限られているスタートアップ企業にとっても取り組みやすい手法になります。
プロジェクト推進のスピードが早い
仮説→検証→学習→改善(または方向転換)のサイクルを短い期間で回しながら進めるため、市場の成長が早い業界の中でも、プロジェクトを迅速に進めることが可能です。ただし、ユーザーより得られたフィードバックから適切な判断ができることが大前提になります。
ユーザー中心のアプローチ
短いサイクルで、随時ユーザーの声を汲み取り、改善をスピーディーに進めるため、ユーザーのニーズをしっかり汲み取ったプロダクトにしやすいという点もメリットです。
改善が速いとユーザーの満足度も高まり、ファンを増やしやすいでしょう。
リーンスタートアップのデメリット
それでは、メリットとは逆にデメリットも確認していきましょう。
プロジェクトの方向性が定まらなくなる可能性がある
リーンスタートアップは短期間でスピーディーにユーザーの声を取り入れ改善します。
それ故に、いろんなユーザーの声をたくさん取り入れようとすると、プロジェクトの方向性が定まらない可能性があります。
ユーザーの声は重要ですが、どのような人のどのような課題を解決したいのか、本来の趣旨を見失わないように注意が必要です。
ユーザーのニーズをしっかり分析し、把握する力が必要
必要最小限の機能からユーザーのフィードバックを得ながら、改善を行うという点でリスクが少ないのは間違い無いのですが、ユーザーからのフィードバックを表面的だけではなく、その裏に隠された意図も含め、正しくユーザーのニーズを分析できないと、的を得ない無駄な仮説検証を増やすことになりかねません。
リーンスタートアップのプロセス
実践は、4つのプロセスをスピーディーに低コストでサイクルを回しながら商品やサービスの開発をおこなっていきます。
仮説構築→計測→学習→意思決定
リーンスタートアップでは、仮説構築→計測→学習→意思決定の4つのプロセスを小さな作業単位で実装とテストを実施し、全体のシステム開発にかかる時間を短縮化する開発手法であるアジャイル開発の手法などを使いながら繰り返しサイクルを回していきます。
仮説構築
リーンスタートアップのスタートでは、今回のイノベーションのアイデアのターゲットとなる顧客層のニーズを満たすには、どんな製品やサービスが最適であるかという仮説を構築します。
仮説が出来上がったら、仮説をもとに試作品であるMVPの開発を低コスト・短期間でおこないます。
計測
出来上がったMVPを今回のイノベーションのアイデアのターゲットとなる顧客層から選びだした顧客に使用してもらいフィードバックを計測していきます。
学習
仮説検証した結果から、実際に製品やサービスが市場に出た場合の反応などを学習することができます。
意思決定
測定、学習の流れで得た学びをもとに、製品やサービスを次の段階に移行させるべきか意思決定をおこないます。
十分にリーンスタートアップのプロセスが回され、ターゲットとなる顧客層のニーズも満たしていた場合は、本番の開発に移すかどうかの意思決定を下すことになります。
測定、学習の結果、MVPの改善の必要が判明した場合は、再度リーンスタートアップのプロセスを仮説構想から回していくことになります。
一方で、リーンスタートアップ事態が仮説に反して顧客ニーズを満たしていなければ、今回のリーンスタートアップの本番開発はおこなわない意思決定となるでしょう。
また、仮説が間違っていた場合は、仮説を変更(ピボット)し方向転換するケースも発生します。
顧客開発モデル
リーンスタートアップの抱える大きなリスクのひとつが、顧客ニーズに合わない製品やサービスを開発してしまうことです。
そんなリスクを回避するためにリーンスタートアップのプロセスのなかで実施されるのが顧客開発モデルの4つのステップです。
顧客開発モデルのステップは、製品やサービスの開発と並行して、顧客とビジネスモデルの発見や検証を実施します。
顧客発見
顧客発見では、ターゲットと仮説した顧客層が本当にリーンスタートアップの製品やサービスを必要としているかどうかを十分に検討し、ターゲットとした顧客層はどんな人物であるのかといった、いわゆるペルソナを深掘りしていきます。
リーンスタートアップのプロセスでは、おもに仮説構築の段階でおこないます。
顧客実証
顧客実証はリーンスタートアップのプロセスで、計測の段階でおこなう取り組みで、リーンスタートアップの製品やサービスが実際に顧客に購入されビジネスが成功するのかを実証していきます。
顧客開拓
顧客開拓では、顧客実証が確認できたリーンスタートアップの製品やサービスがビジネスとして成功するにはどのようなビジネスモデルを構築していくのかを検証します。
顧客へのアプローチの方法や営業プロセスを考え、どのような組織が必要で、どの部門に投資していくことが最適かを考えます。
組織構築
組織構築では、リーンスタートアップの製品やサービスを事業として運営するための組織を構築していきます。
リーンスタートアップのフレームワーク
リーンスタートアップの実践においてはフレームワークを活用すると効率的です。
ここでは代表的なフレームワークを2つ紹介します。
リーンキャンパス
リーンキャンパスは企画段階で活用できるフレームワークで、ビジネスモデルを次の9つの要素で分析していきます。
9つの要素で考えることで、理解しやすく共有化が容易な企画を短時間でつくりだすことができます。
- 顧客セグメント
- 顧客の課題
- UVP(独自の価値提案)
- ソリューション(課題解決)
- チャネル
- 収益の流れ
- コスト構造
- 主要指標
- 圧倒的な優位性
MVP
MVPは前述で記載したように試作品やプロトタイプのことですが、リーンスタートアップの実践において以下のフレームワークで活用されます。
- リーンの考え方を実践した無駄な機能がないシンプルなMVPを開発
- 想定したペルソナ層に実際に使用してもらってフィードバックをもらい、分析・検証をおこなう
- 本番の製品開発をおこない、市場に発表していく
リーンスタートアップの勘違い
リーンスタートアップの考え方は、これから事業をはじめようと考えている起業家や新たな新規市場への参入を目論んでいる企業経営者にとって魅力的なプランです。
一方でリーンスタートアップに対して勘違いを起こすケースもよくあります。
ここではよくある2つの勘違いを紹介します。
アイデアを考える手法ではない
リーンスタートアップの最初のトリガーとなるのはイノベーションです。
リーンスタートアップで成功した巨大企業の多くは、今迄世界に存在していなかったアイデアをベースに事業を成功させています。
リーンスタートの勘違いのひとつは、リーンスタートアップを実行すればおのずとイノベーションのアイデアが浮かんでくるという勘違いです。
リーンスタートアップはアイデアを事業化するためのスタートアップ論であり製品やサービスの開発手法であって、アイデアを生み出す手段ではありません。
すでにアイデアやイノベーションが存在する後で活用していくものなのです。
とりあえずやってみようではない
リーンスタートアップでは、MVPやアジャイル開発を活用して、スピード感を重視してとにかく前進していくイメージが先行しがちです。
リーンスタートアップは、無計画でも「とりあえずやってみよう」という考え方であると理解してしまうのがよくあるもうひとつの勘違いです。
現代社会は不確実性も多く、従来のように厳密に計画を立て、下準備もしっかりしたうえで事業をスタートしていては機会を失ってしまうのは確かですが、リーンスタートアップでは、プロセスを踏んだリーンな考え方をベースにした取り組みが必要なのです。
リーンスタートアップの導入事例
リーンスタートアップを導入して成功した企業は数多くありますが、ここでは代表的な企業の事例をいくつか紹介しましょう。
Airbnb
Airbnbは、宿泊したい人と宿泊施設を提供したい人を結びつける、インターネット上のコミュニティー・マーケットプレイスです。
いわゆる民泊市場を世界的に拡大させた企業のひとつで、イノベーションからリーンスタートアップのプロセスを繰り返し急速に成長した企業の代表的な存在です。
Dropbox
Dropboxは、ファイルやクラウドコンテンツを一元管理し、チーム内で共有可能なスマートワークスペースを提案する企業で、顧客の行動パターン調査を繰り返しリーンスタートアップを成功させた企業です。
リーンスタートアップのプロセスをわかりやすく実現しているのがInstagramです。
日本でも浸透しているので、現在は日常的に活用していますが、Instagramの創り出す世界観は以前にはなかったものであることを誰しも納得できるのではないでしょうか。
Instagramをリーンスタートアップのリーンの部分で考えると、Instagramは写真の投稿に特化していて非常にシンプルで無駄がありません。
Instagramは現在世界中で10億人を超えるユーザーに使用されています。
Instagramが現在の形で市場に登場したのは2010年ですから、10年の間に世界で非常に大きく拡大した企業のひとつにあげられます。
そんなInstagramですが、現在のかたちのビジネスに決まるまでには「仮説構築→計測→学習→意思決定」のリーンスタートアップのプロセスを踏んでいます。
スタートは位置情報アプリでしたが、プロセスを回した結果「写真の共有機能」というニーズにたどり着いたのです。
リーンスタートアップのスタートアップの部分で考えるとInstagramはイノベーションであり、今まで世界に存在しなかった「インスタ映え」に象徴される価値観を創出したことになります。
Instagramが世界に及ぼしたビジネス上の市場効果は絶大であり、まさに世界を代表するイノベーション起こして短期間で大きな成長をとげたリーンスタートアップのひとつだといえるでしょう。
食べログ
日本におけるリーンスタートアップの代表的な存在のひとつが「食べログ」です。
今では、ランチやディナーに行くときにはネットでグルメサイトを検索するのは当たり前になっていますが、従来は存在していなかったサービスです。
食べログは、月間約9,283万人が利用し、掲載レストランは約80万件以上、口コミ数は約3,726万件以上に上る日本最大級のグルメサイトとなっています。
食べログがスタートしたのは2005年で現在のように巨大なサービスになる過程ではリーンスタートアップの実践が不可欠でした。
たとえば、ユーザーのニーズを測り改善していくために、掲示板に記載されたユーザーの口コミやフィードバックを活用して拡大を続けています。
ANAの予約アプリ
企業がリーンスタートアップの手法を採用して、新規事業を成功させた事例がANAの座席予約アプリの開発です。
ANAは、リーンスタートアップの手法によって、2016年8月開発スタートから2017年3月リリースという従来のアプリ開発と比較して短期間で開発を完了しました。
ヤフオク!アプリ
ヤフーは2015年末に「ヤフオク!アプリ」開発においてリーンスタートアップの手法を採用し、アジャイル開発を活用して事業を展開しています。
Groupon
Grouponは、地域密着型のクーポン共同購入サイト運営で急成長した企業です。
Grouponのリーンスタートアップで注目すべき点は、大きな仮説変更(ピボット)を繰り返しながら急成長した点で、リーンスタートアップのプロセスを実践し成功した企業として注目されています。
まとめ
リーンスタートアップとは、「最も短い時間で効率的に造るために、低コスト・短期間で作成した最低限の機能・サービス・製品で、顧客の反応を見ながら開発し、イノベーション起こして短期間で大きな成長をとげていくマネジメント手法」です。
リーンスタートアップの実践では、アジャイル開発やMVPを活用しながら、仮説構築→計測→学習→意思決定の4つのプロセスで製品やサービスを開発し、同時進行で顧客開発モデルの4つのステップを回してビジネスとしてスタートするための基盤を固めます。
リーンスタートアップの考え方は現在の企業にとって必要であり、採用していくべきでしょう。